【町田店代表】越智 渉
愛媛県今治市出身です。小さい頃から絵を書くこと、モノ作りが大好きでした。
小学校2年のころ図画工作の授業の日にポケットに木工ボンドとハサミとセロテープだけを入れて勉強道具、ランドセルを持っていかないという破天荒をかました際には祖母だけが褒めてくれました。
父親、母親は愛をくれました(ご察し)そんな子供でありながら今の自分の天職でもある理容師に出会ったのも小学校です。小学校卒業式で初めて理容室に行きました、それまでは母親の思うがままに刈られていました
今思えば年中マリモ状態です。
そんな中、初めて近所の床屋さんに行って髪型どうしますか?とスタイルブックを見せられた時にまず髪型がいっぱいあることに衝撃でした。
そして切って、帰る際の爽快感は当時の自分にとっては衝撃であり、すごい刺激でした。この時に初めて、マリモ男子は「切られた自分がこんなに良い気持ちになったのに切ってくれた人はもっと楽しいに違いない」と。”釣り名人はやめて、髪を切る人になろう!”(父親の影響で海、池釣りが大好き)と決めました。
中学に進学からもその思いは変わらずどんどんいろいろな髪型に興味を持ちチャレンジしていました。しかし、部活でバスケをしていて短いほうがいいと思い元サッカー日本代表中田英寿さんの真似をしてハイクラウンという髪型にした時、自分の中で事件といってもいいぐらい、自分でもびっくりするほどこれが似合わないのです。「なんでヒデはあんなにかっこよく見えるのに自分がやると玉ねぎみたいになるんだろう」これではマリモが玉ねぎになっただけです。※決して切ってくれた方の技術不足ではありません。
思春期の悩める男子の思いをスタイリストの方にぶつけました。すると、とても丁寧に毛質、量、毛流れ、頭の形、整髪料の有無、セットの仕方などを教えてくれ、その人に合ったカット、バランス、整髪料、スタイリング方法があることを知りました。そこからは書店にあるスタイルブックやファッション誌を洗いざらい買いまくりました。母親からも切るとこないのになんでそんなに雑誌ばっかり買ってくるんだと、愛をもらいました。
高校に無事合格し、部活、バイトに明け暮れる中、進路の話をする時期に差し掛かった時修羅場を迎えます。自分は県外の専門学校に行きたいと思っていたところ、両親は大学にという意見の対立です。そこからはもう毎日と言っていいほど、自分から両親へ愛媛県産みかんを間にプレゼンの日々です。
大学に行って可能性を広げる、やりたいことを探せる、もし理美容業界を辞めたらどうするんだ、技術職業界は大変という両親、可能性もやりたいことも何も自分は理美容業界に入りたいと昔から決めていたし辞めるつもりで入るぐらいなら始めから選んでいないし両親にも言っていない、やりたいことがあるのにやりたいことを探しに行く意味がわからないなどとにかく話続けました。今思えば、両親は自分のことをとても見てくれていて考えていくれていたからの対立だったと思います。
そして両親が折れてくれ、晴れて専門学校に進学することができました。両親と話し合い場所は隣町にある学校にしました。地方で電車も数が少なく毎朝5時50分の電車に乗り、学校が始まる1時間前に着いてしまうので学校も空いていなく、駅や近くのカフェで時間を潰してから登校、練習で帰るのが遅い時は友達が家に泊めてくれたりという生活を続けていました。
そんな中、学生の大会が開催されるとのことで校内で選考会を行なった後出れることになりました。結果は全国大会には手は届かずでしたが、毎朝の電車、練習後帰る電車で23時をまわる帰宅などの日々を見てくれていた母は大会後迎えに来てくれて、結果を伝えた時帰り道の車の中で泣いていました。中学、高校と恥ずかしながら母を泣かせたこともありましたがあの日の涙は今までとは違っていたと思います。
その後、就職活動で現在勤めるKEEN、オーナー倉田に出会いサロンの外観、スタッフ方、方針、情熱などに共感し、試験のもと合格し入社しました。
アシスタント時代には人と話すことが好きということもありバイトでも飲食店のホール業務をずっとしていたので理容師になってからもゲストの方々と施術しながらお話をしたり聞いたり、同期とは日々技術習得を競い、先輩方からは夢を、オーナーからは情熱をもらい改めてKEENに入社してよかったと感じる日々でした。スタイリストデビューしてからはアシスタント時から支持していただいたゲストの方々を担当させていただいたり新規ご来店のゲストの方々との新しい出会いがあったり、たくさんお褒めの言葉もいただき、時には信頼していただいているからこそのご指摘をいただいたりと働き始めてから技術はオーナーや先輩が教えくれ、越智渉という人間自体はご来店いただくゲストのみなさまに成長させてもらえたと今でも思っています。
そんな日々を過ごしていたためゲストの方々に恩返しとして自分の人生の中で少しでも長く、良い技術、心地よい時間を提供したい、成長を見てもらいたいということでおこがましいですが”一生担当”をモットーにいつになってもあの場所に行けば、あの人がいる、安心する場所、と1人でも多くの方に思っていただけるように、またこれからの計り知れない数々の出会いを楽しみに今後もKEENの発展、自分自身の成長、家族のために尽力していきたいと思います。
専門学校の先生から応援メッセージ
「越智 渉君への応援メッセージ」
越智君とは、卒業依頼、数年に1度程度しか会うことがなくなっていましたが、いつあっても「変わっていないな・・・」と感じています。
こんな言い方をすると誤解を受けそうですが「なんでもポジティブに考える」ということです。たしか、ホームページにも書いてあったと思いますが、言うのは簡単ですが、実際に行動するのは大変難しいものです。それを続けている越智君は、「いつも変わらないで成長し続けている」と感じています。
昨年の事ですが、これを実感したエピソードがあります。昨年、無理をお願いして私の学校の学生に対して企業ガイダンスをお願いしたことがあります。事前に説明用のデータをたくさん用意していただいたのもびっくりしましたが、ガイダンスが終わった後に一言、「来年もリベンジさせてください」と言われました。
クラスの学生は初めてのガイダンスということで緊張してしまい、もともとおとなしい性格もあり、越智君のガイダンスに対しての反応をあまりしなかったようなのです。お恥ずかしい話ではありますが、中には眠気を催した学生もいたようです。普通でしたらこういう態度をとがめられてもしかたないことだと思いますし、2度とやらないといわれてもしかたないことだと思います。ただ、越智君の場合は、それをきっと自分の反省点として前向き(ポジティブ)にとらえ、「もっといいものにしなければ」と思ったゆえの一言が「来年もリベンジさせてください」だったのだと感じました。
今もマネージャーとして活躍されていると聞きました。その前向きさできっとKEENさんへ来られた多くのお客様を喜ばせていることと思いますし、越智君を必要としている人がたくさんいると思います。これからもそんな人たちのために頑張ってください。
いつでも、どんな時も応援しています。
河原ビューティモード専門学校
菅 保弘
在学中、同級生よりも少しだけ大人っぽかった越智さんを今も印象深く覚えています。
卒業して何年も経ちますが、きっとお客様からも、落ち着いて見られているのでしょう。
貴方の長所を生かしてますますご活躍くださるように、と遠い愛媛で祈っております。
河原ビューティモード専門学校
奥山 眞史